トランプ政権の影響を受ける世界
2025年03月10日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
本間 隆行
トランプ政権が進めている政策は、選挙戦で既にその多くが表明済みではあるが、政策の不安定さが想定よりも大きいとの指摘も見受けられるようになっている。そうした指摘の多くは関税率や対象物品、実施時期など貿易に関することだが、外交面では積極的にロシアとの関係改善を進めており、同時に欧州やウクライナとの距離を取り始めている。その欧州はロシアとの対立の先鋭化は望んでいないとみられるものの、各国経済が不振を極めていることもあって、かつてのような固い結束とはなってはいない中、英仏を中心に対立姿勢を維持または強化している。
第一次トランプ政権では関税賦課による貿易赤字の削減が政策目標となっていたが、今次の政権では米国の安全保障も重要テーマだ。グリーンランドやパナマなどへの関心を示しているが、鉱物資源の確保やパナマ運河の通航費用など通商には無関係とは言えないが、トランプ大統領はじめ政府の発信からは、安全保障への意識の強さもうかがえる。カナダやメキシコとの関係については、貿易不均衡が対立の起点となってはいるが、フェンタニルをはじめとした米国への薬物流入抑止を主張している。薬物の蔓延が社会の不安定化を招きかねないため、これが米国の安全保障問題の一つになると仮定すれば、関税引き上げは安全保障を確保するという目的達成のためのツールとして利用しているとの認識もできるだろう。
ロシアや中国との対立が目立った頃には旧冷戦が引き合いに出されたり、G7とBRICSや先進国とグローバルサウスといった対立項などが現状整理に使われたりしてきた。米国が孤立志向を強めているということであれば、これらに「西半球と東半球」もしくは「米州とそれ以外」という新しい対立項が含まれてくるのかも知れない。ホワイトハウスの「相互関税」に関する声明では「長年に亘り、米国は友好国も敵対国も含めた貿易相手国から不公平な扱いを受けてきた」とあり、いまの米国にとって同盟国がその安全保障には寄与していないと認識している可能性が高い。現在のコモディティ市場のフレーム形成の起点は先鋭化する対立だったので、こうした新たな対立項が貿易フローを一段と複雑化させてしまうリスクには注意が必要だろう。
モノのほかに経済を動かす要素として「ヒト」、「カネ」、「情報(データ)」の動きも当然影響を受ける。「カネ」については、トランプ政権のDay1から関税の影響を受けるリスクを強く感じる事業会社が多くあった一方、金融業界に対する新たな規制はほとんどないことで実体経済と金融経済の動きは必ずしも整合的ではない点も多く見られた。財やサービスをグローバルに取り扱っている企業と金融市場の参加者との間では、課題感などはほとんど共有されていなかったのかも知れない。実際、米国の代表的な株価指標であるS&P500は就任日からはだいぶ経過した2月19日に史上最高値を更新した。政権交代によって物価は安定し、公約である減税が実施されても財政は膨張せずに「行政の効率化」が進展することで、政権の目指す「小さな政府」が実現していくとの期待の高まりが背景となったようだ。米国債が買い進められたことで長期金利は低下したことも株式市場の上昇には追い風となったのだろう。楽観的に映る金融市場とは対照的に、コモディティ市場は身をすくめるような動きに終始した。
注目されている金価格の動向は、金利低下やドル安など相場上昇材料に事欠かなかったにも関わらず、追い風を取り込んでもう一段の高値圏へと浮上するチャンスを活かすことができていない。また、現物需給タイト感を背景に貸借(リース)レートは大きく上昇したが、既に落ち着きを見せつつあり、混乱は収束しつつある。結局、高いプレミアムのついた米国先物市場に金現物が持ち込まれたことで相場は鎮静化した。米国の金上場投資信託(ETF)への資金流入は確認できない状況が続いていることも念頭に置くと、投資家のスコープには金が依然として入っていない様子もうかがえる。また、金相場を下支えしてきた中国や東南アジアでも大衆の換金売り姿勢が強まっているとの報道なども踏まえると、新興国中銀が必ずしも積極的に購入しているのではなく、買い手不在の市場で金を買わされている可能性もあることには留意したい。コモディティではないが、無国籍通貨として同じ性質を有しているビットコインなどの仮想通貨は、本来であればリスクの高まりが相場材料になるはずだが、足元では下落基調が顕著となっている。これまでのロジックとは整合的ではない事象には十分留意したい。
以上
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