非鉄金属市況(2025年2~3月):新たなデカップリング

2025年03月11日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美

 

2025年3月4日執筆

 

 

サマリー

 

 

  • 非鉄金属相場は年明け以降、底堅く推移しているが、おおむね2024年下期以降の価格帯にとどまっている。

 

  • 目下、値動きの中心は国際価格よりも、米国の関税込み価格や市場間スプレッド。米国の関税政策が「交渉ツール」かつ「国内製造業復活」が目的であるなら、値動きは流動的かつ、国際価格・米国価格の乖離(かいり)につながる。

 

  • 過剰生産が深刻な金属については供給削減の動きも増えている。

 

  • さまざまな地政学的対立において、重要鉱物が外交的武器となっている。

 

 

非鉄金属概況:注目点は国際指標よりもプレミアム

 

 

 トランプ米大統領就任から40日ほどの間に、世界経済・貿易・地政学的情勢など多くの点において不確実性が高まり、非鉄金属相場は方向性を見失っている。2025年初を起点としてみれば非鉄金属は総じて値上がりしているが、ドル安の影響が少なからずあり、中国・欧州経済の停滞や米国景況感の悪化がセンチメントを損ねる中で、2024年下期から続くレンジから大きく逸脱していない。

 

 

 値動きの中心は国際指標価格よりむしろ、プレミアムやスプレッドの部分だ。米国価格は既に国際指標に対して大幅なプレミアムとなっている。米国の関税は「いつ、どの程度」導入されるかが焦点だ。一例を挙げると、米国銅先物価格はロンドン金属取引所(LME)の価格に対して、一時は1トン1,000ドル超(10%超)ものプレミアムとなったが、その差はトランプ米大統領の関税をめぐる発言によって変動し、限月によっても異なる。トランプ米政権はこれまでに「中国からの輸入品に対する関税を引き上げ」、「カナダ・メキシコからの輸入品に25%の関税導入」を発表し、「銅輸入に対して232条調査」を指示し、「4月から相互関税導入の意向も表明」しているが、結局いつ、どこからの輸入に何パーセントの関税率になるのかがはっきりしない。米国内価格が国際価格と輸送コストの合計より高くなり、貴金属や銅をはじめとする金属が世界各地から米国へと吸い寄せられたが、これには仮需や裁定取引を多く含んでいる。

 

 

 トランプ氏の関税政策はそれ自体が目的でなく、「外国に対して不法移民・違法薬物問題などへの喫緊の対応を求める交渉ツール」かつ、「外国産製品に貿易障壁を設けて米国内での増産と製造業再興を促す」ものであるなら、前者は交渉次第で流動的となり、後者は米国価格を国際市場から切り離すことになる。

 

 

指標価格(出所:Bloomberg、CRUより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

供給削減の動き

 

 

 貿易戦争の大元には中国の過剰生産・需要低迷・大量輸出と、中国以外での産業衰退がある。トランプ米政権の関税計画が二転三転し、ヘッドラインを賑わせているが、鉄鋼や中国製EVなどに対するセーフガード措置は米国以外の国も相次いで導入しており、バッテリーメタルの生産計画は大幅に見直されている。

 

 

 3月5日からの中国全人代では、初日に発表された「政府活動報告」において、2025年の重点項目のトップに「内需拡大」が挙がり、2024年のトップだった「新質生産力」は2番目に後退した。中国では粗鋼生産量が5年連続で10億トンを超える一方、内需は縮小し、2024年は1億1,100万トンもの大量輸出を行って世界の供給過剰と貿易摩擦を深刻化させている。2月下旬には市場で「中国が2025年に粗鋼生産5,000万トン削減」の方針を打ち出すとの噂が流れたが、これまでの発表では「生産抑制」の具体的数値は確認できず、公表が待たれる。中国は新エネルギーやEVに必要な金属も大量生産しているが、銅についても製錬能力を猛烈な勢いで拡大している。限られた銅原料供給を多くの製錬所で奪い合う構図となり、スポット精製マージンは今年に入りマイナスに沈んでいる。2月に中国の11の省庁が公表した2025~27年の銅産業に関する計画の中には「原則、新規の銅製錬プロジェクトは、銅精鉱の供給能力を考慮すべき」というガイドラインが含まれた。鉄鋼・アルミなどと同様、銅製錬能力も野放図な拡大を制限する方向で動いている。

 

 

 この過剰生産の影響は中国国外にも波及している。コバルトは主に中国系企業がコンゴ民主共和国やインドネシアで大増産を行う一方、EV販売ペースの減速やコバルトフリーのEV電池のシェア拡大等により需要の伸びが追い付けずに需給不均衡が拡大し、2月下旬にコンゴが4か月間の輸出停止措置を発表するに至った。2月には銅市場でも、Glencoreが「一段と厳しい市場環境」を理由に、フィリピンの銅製錬所の休止を発表している。

 

 

中国の鉄鋼貿易&世界粗鋼生産(出所:Bloomberg、世界鉄鋼金協会より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

外交的武器となった金属鉱物

 

 

 トランプ米政権は2月4日付で中国からの輸入品に10%の追加関税を発動。これに対し、中国は2月10日付で報復措置を発表した。米国産品に対する輸入関税の対象範囲は比較的狭く、中国の輸入に占める米国産の割合が低い原油やLNGへの短期的な影響は軽微と受け止められたが、原料炭輸入に占める米国産の割合は10%前後と相対的に高く、原料炭の貿易フローには一定程度の影響が生じるとみられる。また、中国は2月4日付で、タングステン・テルル・ビスマス・モリブデン・インジウムの関連品目の輸出管理強化も発表した。これはすべての国が影響を受ける。

 

 

 2月は、トランプ・プーチン米ロ両首脳の急接近と、米欧関係の急速な悪化も大きな出来事だった。ウクライナ早期停戦や対ロ制裁解除の憶測が市場の一部に浮上したが、EUは対ロシア第16弾制裁でロシア産アルミ新地金の段階的輸入禁止を決定。EUは既にロシア産アルミ製品は制裁対象としており、追加制裁でアルミ新地金についても段階的措置を設けて輸入削減を図る。2月27日にはEUの産業競争力強化と脱炭素化加速の両立に向けた「オムニバス法案」と「クリーン産業ディール」を公表し、規制簡素化・化石燃料輸入削減・再生可能エネルギー導入加速などを打ち出している。

 

 

 2024年秋、ウクライナのゼレンスキー大統領は対ロ戦争を終結させる「勝利計画」として、友好国からの支援に対してウクライナの天然資源開発の機会を提供する案を提示。ウクライナの重要鉱物資源は未知数ないし経済合理性がないとの評価が多く、戦争再発リスクも踏まえると短期的に商業的な実現可能性は高くないが、トランプ氏が2025年2月、米国のウクライナ支援の見返りとして「5,000億ドル」の重要鉱物を要求したことで注目が急速に高まった。その後、米・ウクライナはウクライナ復興基金と鉱物資源開発を組み合わせた形に修正した内容の「重要鉱物協定」を2月28日に締結予定だったが、協議が紛糾し、合意は見送られた。

 

 

 鉱物資源が豊富なコンゴ民主共和国東部では、今年に入り、隣国ルワンダの関与が指摘される反政府勢力M23と政府軍との戦闘が激化し、M23が支配地域を拡大している。報道によると、コンゴ民主共和国のチセケディ政権は、米国政府関係者と接触し、コンゴが米国企業に鉱業プロジェクトの採掘権を付与して米国の戦略備蓄構築に協力する見返りに、コンゴへの軍事支援を求める「重要鉱物協定」を持ち掛けたという。協議はまだ初期段階とのことだが、トランプ政権は就任以来、グリーンランド買収案、ウクライナとの鉱物取引案などを打ち出しており、中国との覇権争いのなかで重要鉱物資源の獲得に強い関心を示していることがうかがえる。

 

 

以上

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