「ガザ停戦・人質返還合意の第1段階が終了したが、第2段階に進めず」 中東フラッシュレポート(2025年2月後半号)
調査レポート
2025年03月27日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司
2025年3月18日執筆
1.イスラエル/ハマス:停戦・人質返還合意の第1段階が終了したが第2段階に進めず
1月19日に発効したイスラエルとハマスの間での停戦・人質返還合意の第1段階が、3月初めで終了した。第1段階を通しておおむね停戦が継続していたことに加え、ガザに捕らえられていたイスラエル人の人質33人と(タイ人の人質5人も解放)、イスラエルに禁固・拘留されていたパレスチナ人約1,900人が双方に返還され、ガザ北部に50万人以上のパレスチナ人が帰還し、ガザへの支援物資搬入も再開した。
しかし、現在第2段階に関する協議は進んでいない。ハマスは第2段階に進むための協議を求めているが、イスラエルはガザからの軍の完全撤退やハマスとの恒久的停戦につながる第2段階へ進むことに対する抵抗があるため(イスラエルの戦争目標の1つはハマスの壊滅)、第2段階へは進まずに第1段階を延長してさらにイスラエル人の人質を返還するようハマスに求めている。米国もイスラエルの意見に同調し、第1段階を延長する案を提案したが、ハマスはあくまで第2段階へ進むべきと主張し、第1段階の延長を拒否。交渉が頓挫(とんざ)してしまっている中、イスラエルは、3月2日以降ガザへの人道支援物資の搬入を停止した。国連や人権団体は、イスラエルが援助を交渉の材料にして無実のパレスチナ人に対して集団懲罰を行っている、とイスラエルを非難している。
2.イスラエル/レバノン:イスラエル軍がレバノン南部5か所に駐留継続
イスラエル軍は2024年11月末に発効したヒズボラとの停戦合意に基づき、2月18日までにレバノン南部から軍を完全撤退させることになっていたが、国境地帯のレバノン側の戦略的拠点5か所に、軍部隊の駐留を継続することを発表した。イスラエル軍は、イスラエル国民を守るためには現時点ではこれらの地点に軍をとどめておく必要があると説明。イスラエルは、米国が主導する停戦監視機関にも駐留継続が承認されたと述べているが、レバノンは「主権侵害」、ヒズボラは「合意違反」として、同地からのイスラエル軍完全撤退による停戦合意の履行を求めている。停戦監視の役割を担う一国であるフランスも、イスラエル軍に対しレバノン南部からの完全撤退を求めている。
3.ガザ:トランプ案に対しアラブ側が対案を協議
2月21日、サウジアラビア(サウジ)の首都リヤドにアラブ首長国連邦(UAE)のムハンマド大統領、カタールのタミーム首長、エジプトのシシ大統領、ヨルダンのアブドゥッラー2世国王などが集まり、トランプ米大統領が提案しているガザ復興案の対案となるアラブ側からのガザ再建案に関する協議が行われた。サウジからはムハンマド皇太子兼首相が参加。トランプ氏は2月に、米国がガザを所有し中東の“リビエラ”にする、またガザのパレスチナ人たちはエジプトやヨルダンなど周辺諸国に移住させる、と突拍子もない案を発表し、国際社会から“民族浄化だ”などとして大きな批判を浴びた。
今回の協議は、トランプ案への対抗案を出すためのもので、同案はガザ住民を周辺諸国に移住させるのではなく、ガザ再建の間も住民がガザ内に居住し続けられるような案となっている。同案は、その後3月4日にエジプトのカイロで開催されたアラブ連盟首脳会議で採択され、欧州の国々も同案への支持を表明したが、肝心の米国とイスラエルは同案に対して拒否の姿勢を示している。
4.トルコ:オジャラン指導者がPKKの武装解除と解散を要請
2月27日、トルコにおけるクルド人の自治を求めてトルコ政府に対する武力闘争を過去40年以上繰り広げてきたクルディスタン労働者党(PKK)のオジャラン党首は、獄中からPKK全組織の武装解除と解散を呼び掛ける声明を出した。これを受けてPKK執行委員会は、オジャラン氏の釈放や3月1日からの停戦を含む内容の声明を発表した。なお、前回のトルコ政府とPKKの和平交渉は2015年に破綻しており、両者の和解が今後進んでいくかどうかはまだ見通せないが、イランやイラク、国連、米国、英国、ドイツなどがこの声明を歓迎するコメントを出している。
5.シリア:国民対話会議を開催
2月25日、シリアの首都ダマスカスに国内各地から約600人の代表者が集められ、2024年12月のアサド政権崩壊以降待望されていた国民対話会議が開催された。しかし、開催が発表されたのは会議の2日前で、招待状が届いたのは会議の24時間前だったことから、ロジ的に出席できなかった人も多かったとのこと。また、シリア北東部の広大な地域を実効支配するクルド系を主体とするシリア民主軍(SDF)も、暫定政権が求める武装解除を受け入れなかったことから、会議には招待されなかった。
会議では、移行期の司法制度や新憲法、国家機関の構築と改革、国家経済モデルなど6つの作業部会での議論が行われ、勧告が出された。なお最終声明では、国軍が武器を独占しそれ以外の武装集団は違法とすることや、アサド政権崩壊後に国境を越えてシリア領内に進軍し拠点を設置しているイスラエル軍に対する即時かつ無条件の撤退要求などが出された。
6.イラク情勢
- 2月17日、アブドゥルガニ石油相はクルド自治区からの原油輸出が来週再開されると発表した。クルド自治区からトルコを経由したパイプラインでの原油輸出は、2014~18年の原油輸出がイラク連邦政府の許可を得ずに行われていたとの国際商業会議所(ICC)の裁定に端を発した紛争が原因で丸2年間停止している。
- 2月17日、イラク中央銀行が国内5銀行に対して米ドル取引を禁止することを明らかにした。この決定はマネーロンダリングや米ドルがイランなど制裁対象国に流れることを防ごうとするもの。イラクは、2023年に国内14行に対して米ドル取引を禁止、さらに2024年にも8行に対して米ドル取引を禁止した。
- 2月22日、スーダーニ首相は2024年の米政府との合意に沿って、米軍主導の有志連合軍による対「イスラム国(IS)」軍事作戦を終了すると発表した。有志連合軍は2025年9月までにクルド自治区を除く地域から撤退し、翌2026年9月にはクルド自治区からも撤退することになる。EIUは2026年以降、イラク国内で治安の空白が生じ、ISの活動が活発化して治安が悪化する可能性が高いと予想している。
- 2月25日、BP社はキルクーク油田と隣接する3つの油田に対する投資でイラク政府と合意に達した。既存施設の修復や新規掘削、ガス開発などが含まれる。BPによる総投資額は250億ドルに上ると推定されている。
- 2025年1月のイラクの原油生産量は、日量399.9万バレル(bpd)。原油輸出量は333.4万bpd。
7.リビア情勢
- 2月11~25日、エジプト議会の招待で、リビアの代表議会(HoR)議員96人と国家高等評議会(HCS)議員75人が参加する拡大協議会がカイロで開催され、リビアの政治プロセスや東西分裂の問題、大統領・議会選挙の実施などについて話し合われ、最終声明では両議会間の対話継続の重要性が強調された。
- 2月17~19日、リビア国民軍(LNA)のハフタル司令官はベラルーシでルカシェンコ大統領との会談を行い、同大統領はハフタル氏をあらゆる方法で支援することを約束した。2月26日、ハフタル氏はパリでマクロン大統領と会談し、リビアの政治プロセスの進展について話し合った。
- 2月20日、1月にリビア特別代表兼国連リビア支援ミッション(UNSMIL)代表に任命されたハンナ・テッテ氏(ガーナ人女性)が首都トリポリに到着した。テッテ氏は、ガーナで外務大臣や貿易産業大臣を務め、その後国連に移り、ナイロビの国連事務所長や“アフリカの角”担当国連事務総長特使などを歴任した人物。
- 2月26日、国民統一政府(GNU)のドゥベイバ首相はカタールでタミーム首長と会談し、両国間での直行便の就航を10月から再開することで合意した。
- 2024年のリビアの原油生産量は日量113.8万バレル(bpd)。フォースマジュールの発生などで、2023年の生産量である118.9万bpdより減少したが、2024年12月単月で見ると130万bpdを超えており、生産量は徐々に拡大している。
以上
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