ミャンマー新大統領選出と新政権の課題

2016年03月22日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
伊佐 紫

はじめに

 ミャンマーでは、国民民主連盟(NLD)党首アウン・サン・スーチー氏の側近であるティン・チョウ氏が新大統領に選出され、54年ぶりに軍人出身以外の大統領が率いる新政権が発足する。今後の焦点は、これまで政権についたことのないNLDが国軍との関係を維持しながら、いかに安定的な統治が実現できるかである。新大統領の選出と新政権が直面するであろう課題について解説する。

 

 

1. 新大統領の選出

 ミャンマーでは、2015年11月の総選挙でNLDが大勝し、過半数の議席を獲得した。本来ならば、党首であるスーチー氏が大統領となるところだが、英国籍の息子を持つスーチー氏は現行憲法の下では大統領になれない。そのため、憲法の条項を一時凍結して大統領に就任する方法が模索されたが、国軍との調整が難航し、最終的にこの構想は実現しなかった。

 

 3月15日、全議員による投票の結果、NLDが大統領候補に擁立したティン・チョウ氏が大統領に選出された。副大統領は、NLD党員のヘンリー・ヴァン・ティオ氏、連邦連帯発展党(USDP)党員のミン・スエ氏となった。

 

【図表1】新大統領・副大統領

(各種資料より住友商事グローバルリサーチ作成)
(各種資料より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

2. 新政権の発足

 今後のプロセスだが、3月24日前後にティン・チョウ次期大統領が連邦議会に閣僚名簿を提出し、各省庁の大臣が決まる見込みである。3月30日に新大統領が就任し、4月1日に新政権が発足する予定である。

 

 

3. 新政権の課題

 本来ならば、新大統領が重要な施策の決定を全て行うべきところだが、スーチー氏は自らが「大統領を超える存在になる」と公言し、政権の重要な決定を全て行うとみられ、新大統領は単なる傀儡にすぎないのではとの見方もある。

次に、新政権が直面するであろう課題を挙げる。

【図表2】新政権の課題

 (各種資料より住友商事グローバルリサーチ作成)
(各種資料より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

① 政治

 国軍は新政権において依然として大きな権力を持ち続ける。現行憲法の下では、国軍司令官は、①全議員の1/4を占める軍人議員の指名や、②国防、内務、国境の3大臣の任命に加え、③緊急事態時に大統領を上回る権限を委譲されるなど、国軍に強大な権限が与えられている。従って、政権の安定には国軍との関係をうまく維持することが不可欠である。

 国軍からの協力は、NLDが最重要課題と位置付ける少数民族武装勢力との和平の実現においても不可欠である。また、NLDが目指す国軍の権限の縮小とスーチー氏の大統領就任のための憲法改正も、国軍の同意なしには実現できない。

 新政権の発足に向けて、ティン・チョウ次期大統領は早くも改革姿勢を打ち出し、省庁再編案を議会に提出、21日議会で可決された。しかし、急進的な改革案は国軍の反発を招く恐れもあり、今後、国軍との関係に配慮しつつ改革を進めることが求められる。

 

② 経済

 第一に、新政権は基本的には現政権の開放路線を継承するとみられる。一方で、NLDは環境への配慮等を重視していることから、ビジネスに何らかの影響が及ぶのか注視が必要である。

 第二に、米国の経済政策の緩和である。民主化の進展が一定程度評価され、米国の制裁緩和の流れが確実になるとみられる。しかし、ミン・スエ次期副大統領は現在も経済制裁対象者であり、米国の今後の評価が注目される。

 第三に、これまで経済開発において大きな役割を果たしながら、同時に様々な問題を引き起こしてきた中国との関係をどう進めるかが課題である。

 最後に、大半が新人であるNLD議員の実務経験の不足も指摘されている。

 

 こうした課題を抱えながら、まもなく発足する新政権による政権運営が注目される。

 

以上

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。