ルセフ・ブラジル大統領弾劾プロセスの展望
2016年04月25日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
足立 正彦
はじめに
ブラジルのジルマ・ルセフ大統領の弾劾プロセスの現状と今後の政治、経済展望について解説する。
約3か月後の8月5日からリオ五輪が開催されることになっている。だが、現在、ブラジル政治は重大な局面を迎えており、ブラジル史上初の女性大統領のルセフ大統領が弾劾される事態になれば、2003年1月のルーラ前大統領就任以来13年間政権を担ってきた中道左派政党の与党・労働者党(PT)が下野し、最近、連立政権から離脱した中道政党・ブラジル民主運動党(PMDB)出身のミシェル・テメル副大統領が大統領に昇格することになる。
【図表1】正副大統領
1. 大統領弾劾プロセスの現状と今後の政治
ブラジルは政治面で国営石油会社ペトロブラスの汚職スキャンダルが政界、経済界に拡大しており、検察当局が捜査を継続する中、国民の間に根強い政治不信が高まっている。また、経済面では2015年の実質GDP成長率が▲3.8%となり、IMFは2016年も▲3.8%と予想している。ブラジル経済は1930~31年以来、実に86年ぶりに2年連続でマイナス成長に陥ることが不可避な情勢で、インフレ、失業率の上昇が国民生活を直撃しつつある。2015年1月に第2期を始動させたルセフ大統領は政治、経済両面でこうした厳しい状況に置かれており、国民の不満がルセフ大統領自身に向けられている背景がある。
【図表2】大統領弾劾プロセスを巡る動き
こうした中、2014年の連邦会計で、歳出を少なく見せるために本来国費で支出されるべき社会保障費の一部を公的金融機関の資金で払わせ、その返済を遅らせたことが「財政責任法」に違反するとして、野党からルセフ大統領の弾劾請求が行われた(【図表2】参照)。2015年12月、下院議長がそれを受理し、大統領弾劾手続きが開始された。与野党議員65人で構成される下院特別委員会が大統領弾劾を進めるべきとの判断を下したのを受け、4月17日、下院本会議で定数の3分の2を大きく上回る支持を得て大統領弾劾が可決され、今後、上院に舞台が移される。こうしたブラジル国会の動きについてルセフ大統領は「クーデター」であるとして厳しく批判するとともに、徹底抗戦する意向を鮮明にしている。だが、上院は5月上旬にも「弾劾法廷」設置を可決する可能性が高まっており、そうなればルセフ大統領は最大180日間の職務停止となることは免れず、テメル副大統領が大統領職を代行することになる。最終的に上院本会議での採決でルセフ大統領が罷免され、テメル政権が発足した場合、与野党対立の激化やペトロブラス汚職疑惑捜査がブラジル民主運動党(PMDB)にも及び政治的制約を受ける可能性がある。しかし、ルセフ政権と比較した場合、より改革志向が鮮明な産業界寄りの政策が導入される可能性が高まるとみられる。
2. 経済展望
次に、経済を展望すると、弾劾手続きの進展に歩調を合わせるようにブラジル経済は長いトンネルの出口が見える位置に差し掛かったような状況にある。消費者物価は一時前年比10%以上の水準まで上昇したが、2016年に入り上昇ペースは幾分鈍化してきている。現在の政治・経済状況に最も敏感に反応しているのは為替レートである。【図表3】は過去のレアルの値動きと4月に入り見通しをアップデイトした主要行の相場見通しを平均化したものである。2015年秋に1ドル4.25レアルと史上最安値まで下落したが、その後は徐々に値を戻しており、足元では3.6レアル前後まで水準が修正されている。今後の相場見通しは依然レアル安基調にあるが、極端なレアル安の予想は少なくなっており、3.7から4.0の水準で落ち着くとの見方となっている。まだスタグフレーションという厳しい経済情勢にあり、課題も山積みしているため「政権交代即景気好転」、との声は少なく、依然、市場への警戒は薄れていない。しかし、物価が安定し、利下げ余地が生まれることで景気回復への道筋が徐々に見えてくるとの期待も出てきている。
【図表3】レアル相場の値動き
3. 今後への期待
ポピュリズムに慣れ親しんだとされてきたブラジル国民が、現政権の腐敗ぶりと経済不振に対し、今回、全国規模で「ノー」を突きつけたことから、次期政権は国民の監視の下で、クリーンな政治と経済成長に軸足をおいた政策を実施せざるを得ない。テメル副大統領の出身政党であるブラジル民主運動党(PMDB)は政策マニフェストの中で、いわゆる"ブラジルコスト"の低減のために「税制改革」、「年金改革」、「民営化」、「行政手続きの簡素化」、「自由貿易の推進」などを掲げている。これらが実行されることで長年「いつまで経ってもポテンシャルの国」と言われてきたブラジルのポテンシャルが、いよいよ実現することが期待されている。
以上
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