Brexitの進捗状況と今後の課題

2017年01月23日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
石野 なつみ

 2016年6月に決定したBrexitの現在までの進捗状況と今後の課題について解説する。

 

1.英国:メイ首相のBrexit戦略

【図表1】英国:メイ首相の演説内容

 メイ首相は、2016年7月の就任時の演説で、"Brexit means Brexit"と宣言したが、その後、自身の考えを公式に説明することなく、12月には国旗の色で表現した、a "red, white, and blue Brexit"と、曖昧なスローガンの繰り返しを行い、国内外からの批判の声を受けていた。

 

 しかし、1月17日に行われた演説で、"No deal is better than bad deal"と、メイ首相はhard Brexitを選択することを宣言した。そのメインポイントは以下の通りである(【図表2】参照)。

 

 

【図表2】1月17日演説のメインポイント

 まず、最も重要なポイントは、離脱通告前に、英国議会の承認を得る意向を明らかにしたことである。これは、国内での不透明性を解消したという点で評価できると思われる。

 次に、単一市場からは離脱し、4つの自由移動のルールを拒否する意向を示した。その、自由移動の一つであるヒト、移民に関して、移民のコントロールを優先事項とすると強調した。ただし、スキルの高いEU労働者は選択的に受け入れる意向で、また、現在100万人を超えるEU在住の英国民、300万人を超える英国在住のEU市民への対応を交渉時の優先事項にするとしている。

 

 EU予算に関し、メイ首相は"ある程度の支払い"をする可能性はあるものの、予算への貢献は拒否する旨、宣言している。支払いは、特定のプロジェクトに対して行われるとしているが、その定義は曖昧である。また、予算貢献の拒否、及び移民コントロールは、EEA欧州経済領域からの離脱も意味し、ノルウェー・モデルの可能性はなくなる。

 

 関税同盟からも離脱する意向だが、何らかの手段でアソシエイトメンバーとしてEUとの非関税貿易を模索しようと考えていることが伺える。これは産業別の関税協定といった、これまでにない関税同盟を意味すると思われるが、WTOのルールの下では認められないため不透明感が残る。

 

 最後に、北アイルランドとアイルランド共和国の国境問題は重要課題であると強調した。これは、社会的不安を生まないためにも英国国内では重要な課題となっている。

 

 以上、メイ首相が一応の方向性を公式に表明したとされ、一定の評価はできるが、今後の見通しとしては、メイ首相が離脱の通告をして開始されるEUとの交渉次第ということになる。また、英国政府の交渉要員不足も懸念として残されている。

 

 

2.EU:Brexit交渉担当人事決定

【図表3】EU:Brexit交渉担当人事決定

 英国とのBrexit交渉で重要な機関、欧州委員会、欧州理事会、欧州議会の3つの機関で、交渉を担当する責任者が決定されたが、これがEU機関内で交渉権争奪戦を招く懸念がある。

 

 まず、EU離脱に関する条項であるリスボン条約では、離脱交渉を担当するのは欧州委員会とされている。よって、欧州委員会のバルニエ氏(【図表3】写真左側)が首席交渉官として、離脱交渉を担当する。

 

 しかし、欧州理事会、欧州議会ともに交渉に参加する意向を強調しており、それぞれ、セーウス氏(【同】写真中央)、フェルホフスタット氏(【同】写真右側)を交渉担当官として任命している。

 

 幸い、交渉時の混乱を回避するため、現在、役割分担に合意している。欧州委員会は専門的・技術的な立場で専門家を交渉の場に送り、欧州理事会は進捗状況の詳細なレポーティングを受け、欧州議会はオブザーバーとして交渉に参加することになっている。しかし、どちらの機関が交渉をリードするのか、交渉時の混乱が懸念されている。

 

 

3.今後の課題

 最後に今後の課題について解説する。まず、3月末までとされる離脱通告の時期だが、Brexit裁判の最高裁判決が現地時間明日、1月24日に予定されている。また、EEA欧州経済領域のメンバーシップに関する裁判の可能性も残されており、現在のところ、メイ政権、議会ともに通告時期の延期は避けるとみられている。

 

 次に、英国とEUの交渉内容に対する方向性はいまだ逆方向を向いており、これが一番の課題である。メイ首相は"the best possible Brexit deal"を望むとし、「良いとこどり」の交渉を期待しているが、ユンカー欧州委員会委員長のコメント"very, very, very difficult"に見られるように、EUは厳しい態度を維持している。

 

 最後に、2017年はヨーロッパで重要な国政選挙が相次いで行われる。3月にはオランダ次期首相を決定する総選挙、4~5月にはフランス大統領選挙、秋にはドイツ首相を決定する連邦議会選挙が予定されている。現在、ヨーロッパではEU離脱を訴える反EU政党が勢力を拡大しており、EUは危機感を持っている。それら勢力の拡大を防ぐため、また、英国を追って離脱を望むEU加盟国を阻止する目的で、EUは英国にさらに強固な態度で交渉に臨むと予想される。英国、EUともに離脱交渉に向けての準備は着々とされているが、今後は、英国、EU両方の思惑が絡み合い、困難な状況が続くだろう。

以上

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