トルコ、憲法改正の国民投票について
ホット・トピックス
2017年04月10日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司
1.はじめに
2017年4月16日にトルコで行われる予定の国民投票について、その目的や背景を解説する。
2.国民投票の目的
今回の国民投票の目的は、憲法を改正し、大統領権限を大幅に強化することである。18項目にわたる憲法改正案が国民によって是非を問われるが、注目されている主な内容は、首相ポストを廃止し大統領が行政のトップになること、副大統領ポストを新設し副大統領と閣僚メンバーを大統領自らが任命・罷免すること、これについては議会の承認も必要ないことである。現在、大統領は特定の政党に所属することが許されていないが、これを変更し大統領も政党に所属できるようにし、また、憲法裁判所や裁判官・検察官高等委員会(HSYK)のメンバーに関しても、大統領の人事権が大幅に拡大する。
3.憲法改正の賛否と世論
これまで憲法上儀礼的な立場であった大統領に権力を大幅に集中させ、国の体制を議院内閣制から実権型大統領制に一変させてしまう今回の憲法改正に関して、国民の意見は賛成・反対真っ二つに分かれている。賛成派は、権力を大統領1人に集中させることで、より迅速な意思決定が可能になり、政治・経済に良い影響をもたらすと考えている。エルドアンが首相1期目を務めた2003~07年の平均経済成長率は7%を超え、2000年代の10年間で1人当たりGDPは2倍以上に拡大した。また、一時的にとはいえ、クルドの分離独立を目指すクルディスタン労働者党(PKK)との和平を達成したことも、エルドアンの功績とみられている。逆に反対派は、大統領個人への権力集中は民主主義に逆行する、現状でも既に大きな権力を持っているエルドアンにさらに力を与えれば、反体制派や、クルド、そして体制批判をするメディアやジャーナリストに対する弾圧がより加速すると懸念しており、権力の一極集中を阻止したい考えである。
【図表2】の通り、憲法改正に賛成を表明しているのは、エルドアンが党首を13年間勤めた与党の公正発展党(AKP)議員とその支持者たちである。逆に反対を表明しているのは、世俗派野党である共和人民党(CHP)とクルド系の国民民主主義党(HDP)及びその支持者である。極右政党の民族主義者行動党(MHP)も憲法改正に反対の立場を取ってきたが、2016年末にMHPの党首がエルドアンと政治取引をしてエルドアン支持に寝返り、党内で賛成派・反対派が混在する分裂状態に陥っている。AKP支持者は国民の半数を若干下回るほどで、国民投票で過半数の支持を得るためには、いかに多くのMHP支持者を取り込むことができるかが重要になってくる。
【図表3】に主な世論調査結果を示したが、3月に実施された20数社の世論調査では、今回の国民投票が可決されると予想した調査会社は8社、否決されると予想したのは12社という結果であった。ただ、どの調査会社もその差は僅差になると予想している。
4.政治経済情勢
トルコにおいては、2015年の夏頃から頻発しているテロ事件や、2016年7月のクーデター未遂事件以降の非常事態宣言下でなかなか安定しない政治経済などが影響し、トルコリラは2016年1月から対ドルで20%以上下落しており、過去10年で最安値水準にまで落ち込んでいる。
また、リラ安の影響を受けてインフレが加速しており、2017年3月の消費者物価指数は5年ぶりに11%を超え前年比11.3%を記録した。生活に密着した食料品が13%、燃料の値上げが響いた輸送関連が18%、タバコ・アルコールなどの嗜好品類は22%上がっており、国民の消費の手控えが始まっているとの報道もある。
また、トルコはEUとの対立姿勢を強めている。2017年3月ドイツ・オランダで国民投票のキャンペーンを妨害されたことに対し、両国をナチスの頃と何ら変わっていないと罵倒したり、EU加盟に向けて2004年に廃止した死刑制度を復活させると発言したり、EUとの難民合意でトルコ国内に留めているシリア難民を再度欧州に向かわせると発言したりするなど、トルコとEUの間には数々の対立の火種が存在する。このタイミングでEUに強い態度で臨み国威を発揚するのは、前述の通り、ナショナリストのMHP支持者を国民投票で味方につけるためで、敢えてEUに立ち向かう強いリーダー像を見せているところもあるのかもしれない。しかし、EUはトルコにとって最大の貿易パートナーであり、これ以上関係が悪化してしまうとEUからの投資にも影響を及ぼしかねず、既に大幅に減少している欧州からの観光客を取り戻すのにもより時間が掛かるかもしれない。
5.最後に
国民投票がどちらに転ぶかはまだ不明だが、もし仮に否決されたとしても、エルドアン大統領はそれで諦めるつもりはなく、おそらく解散総選挙に打って出るのではないかといわれている。その場合、少なくとも今後数か月は内政の混乱が予想され、既にトルコを投資不適格としている3大格付け会社によるポジティブな見直しも期待できなくなり、短期的に直接投資や観光客にさらなる影響が懸念されるだろう。
以上
記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。
レポート・コラム
SCGRランキング
- 2025年1月6日(月)
金融ファクシミリ新聞・GM版に、当社シニアエコノミスト 片白 恵理子が寄稿しました。 - 2025年1月1日(水)
『日刊工業新聞』に、当社社長 住田 孝之のコメントが掲載されました。 - 2024年12月30日(月)
Quickのリアルタイムマーケット情報サービス『Qr1』に、当社シニアエコノミスト 鈴木 将之のコメントが掲載されました。 - 2024年12月27日(金)
『日本経済新聞』に、当社チーフエコノミスト 本間 隆行のコメントが掲載されました。 - 2024年12月24日(火)
『Forbes Japan』2025年2月号に、米州住友商事会社ワシントン事務所調査部長 渡辺 亮司のコメントが掲載されました。