日EU EPAの大枠合意について
2017年07月10日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
石野 なつみ
7月6日に発表された、日EUEPAの大枠合意について解説する。
1. 日EUEPAの大枠合意について
この合意は"大筋"、"大枠"と使い分けがされている点に注意が必要である。
定義は幾分曖昧なところもあるが、大筋合意はほぼすべての分野で合意した状態を意味し、法的精査などの技術的な作業が残っている状態を指す。一方、今回の日EUEPAで使用された大枠合意は大筋合意より完成度が低い合意を意味し、政府間である特定の分野で決着がつかなくても主要分野で合意が取れた状況を指す。つまり、政治的合意と受け取れる。
今回の大枠合意に際し、【図表1】の写真左から、トゥスク大統領(欧州理事会常任議長)は「協定締結は間もない」と発言。安倍首相はこのEPAは現在の世界貿易に重要なメッセージがあると捉えている。さらに、ユンカー欧州委員会委員長は「2019年初めの発効を目指す」とコメントしている。
合意内容は【図表2】に示した通り、EUから日本への輸出品の争点は農産品が中心だった。その中でも話題となったチーズは、現在の関税率は29.8%だが、大枠合意では、低関税輸入枠を設定し、発効後15年間で枠内の関税をゼロにすることになった。
一方の日本からEUへの輸出関税は、自動車の10%関税を発効後7年で撤廃、そして、現在3%から4%の関税がかかっている自動車部品は9割の品目で即時撤廃することになった。
2. 欧州からみた日EU EPAの意味
このEPA大枠合意の最大の意義は自由貿易の重要性を再認識することにあった。発表された7月6日は、保護主義を推進しようとしているトランプ米大統領が参加するG20サミット開催前日という政治的メッセージがあった。
さらに、6月半ばに開始されたBrexit交渉への思惑も絡んでくる。【図表3】に示した通り、英国企業は、日本とEUがEPA合意に至ったことで、Brexit後の英EUの関税同盟も可能ではないか、との期待の声を上げている。しかし、英国政府はHard Brexitを邁進している状況である。
また、EUは英国企業が期待しているような英国に有利な関税同盟につながるのではないかと懸念している。ただし、EUは交渉方針について関税同盟の締結を示唆するSoft Brexitは不可能という頑なな態度を崩していない。
さて、その英国だが、日EUEPAは英国経済にとってはあまり有益なものではない可能性がある。その理由は、前述の通り「2019年初めの発効を目指す」としているが、その頃には英国は既にEUを離脱している可能性がある。その場合、日本企業は協定のない英国よりもEUを投資先や貿易相手に選ぶ可能性もある。
2016年には、日本の対英国輸出は対EU輸出全体の20%弱と、大きい割合を占めている。つまり、英国がEUを離脱した場合、現在のままでは日本にとってのEU市場は縮小することになる。
3. 今後のプロセス
最後に、今後のプロセスについて解説する。【図表4】の赤いボックスは日本、水色は日本EUの共同作業、そして、紺色のボックスはEUでの作業を表している。まず、一番左の大枠合意が発表された。これから日本とEUはそれぞれ取りまとめを行い、2017年内に日本とEUの間で最終合意に至る見込みである。その後、日本での国会承認、EU域内の38の議会で批准されると、2019年初めに協定が発効することになる。
ここで問題なのが、38の議会での批准である。EUはリスボン条約で民主主義の原理を強化したため、EU域内の38の中央政府、地方議会の批准が必要である。2016年秋に合意されたEUとカナダのCETAがまだ発効していないのは、この38議会の批准に時間がかかっているためで、問題はISDS条項にあると言われている。
ISDS条項は別名「投資家対国家間の紛争解決条項」と呼ばれ、もし、投資受入国の協定違反を犯した場合、企業が受けた損害を受入国の政府が賠償する手続きを定めた条項である。これがEPA協定で問題となっており、実際、現在日本とEUの間でも合意に至っていない。
したがって、EU側は2019年発効を目指すとしているが、現在はまだ大枠合意であり、発効への道筋ができた段階でしかない。
以上
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