夏季休会明けに米国が直面する2つのリスク
はじめに
米議会は1か月以上に及ぶ夏季休会を終え、本日9月5日から審議を再開させる。審議再開後の米議会にとっての喫緊の課題は、【図表1】に赤字で記載した2点、「1.新会計年度である2018会計年度予算案」と、「2.連邦政府の法定債務上限引き上げ問題」である。9月末までに新会計年度予算案、または、暫定予算案を成立させなければ連邦政府機関の一部閉鎖を余儀なくされる。さらに、9月末までに連邦政府の債務上限引き上げ法案も成立できない場合、債務不履行に陥るリスクも浮上してきている。本稿では夏季休会明けに米国が直面するこれら予算・財政面の2つのリスクに焦点を当て解説する。
リスク1: 2018会計年度予算案
1つ目のリスク、2018会計年度予算案について、政府閉鎖のリスクが市場関係者や米議会の間で急速に広がり始めたのは、8月22日にトランプ大統領が遊説先のアリゾナ州フェニックスで自らの支持者を前に行った演説がきっかけであった。米国では新会計年度は10月1日からスタートするが、アリゾナ州での演説でトランプ大統領は現行の会計年度末である9月30日までに新会計年度である2018会計年度予算案、あるいは、数か月間の短期の暫定予算案である「つなぎ予算案(CR)」の中に公約として掲げてきたメキシコ国境沿いの「壁」建設費16億ドルを盛り込む必要性を訴えつつ、政府が閉鎖されたとしても「壁」を建設することに改めて強い意欲を示した。
議会共和党指導部のミッチ・マコネル上院院内総務やポール・ライアン下院議長は、2013年秋以来4年振りに政府を閉鎖することは米国の利益にならないとして予算案等に「壁」建設費を盛り込むことに反対しており、「壁」建設費を盛り込まない内容で予算案や「つなぎ予算案」をトランプ大統領に署名を求めて送付し、9月末までに成立させることを目指している。野党・民主党については同党の議会指導部は予算案や「つなぎ予算案」に「壁」建設費が盛り込まれることに強く反対している。【図表1】-「リスク要因」の1つ目に記載のとおり、夏季休会明けから9月末までの上院の審議日数は17日、下院については僅か12日しかなく、審議日程上の大きな制約もある。
今会計年度である2017会計年度予算についても、2017年4月28日に暫定予算が失効したため、4月29日から9月末までの5か月間の新たな暫定予算である「つなぎ予算案」を米議会は可決させたが、トランプ大統領は「つなぎ予算案」の中に反映することを訴えていた13億ドルの「壁」建設費を反映することを断念している。「壁」建設費が盛り込まれていない「つなぎ予算案」にトランプ大統領が署名した場合、「壁」建設費を巡る議論は数か月間先延ばしとなる。他方、「壁」建設費が反映された予算案等に対し、トランプ大統領が大統領就任後初の大統領拒否権を発動するリスクも存在している。だが、共和党が上下両院で多数党の立場を占めている共和党主導の議会で可決させた予算案等にトランプ大統領が大統領拒否権を発動した場合、トランプ大統領はより厳しい立場に追い込まれることは必至である。
政府閉鎖を困難にする新たな状況として、全米4位の都市テキサス州ヒューストンを中心にテキサス州南東部に甚大な被害を与えているハリケーン・ハービーが挙げられる。トランプ政権と共和党主導議会は、被害を受けた地域に対する復興支援予算を直ちに拠出する必要に迫られており、実際、トランプ大統領は災害復旧を目的として米議会に対し78億5,000万ドルの緊急予算措置を求める方針を最近明らかにした。自然災害対応という観点からは、2004年大統領選挙で再選を果たしたジョージ・W・ブッシュ大統領は翌2005年8月末に発生し、ルイジアナ、アラバマ、ミシシッピの南部3州に甚大な被害をもたらしたハリケーン・カトリーナへの初期対応を誤り、世論から厳しい批判を浴びて大統領支持率を急落させている。予算案等が9月末までに成立せず、政府閉鎖になった場合、ハリケーン・ハービーの復興支援が遅れることになり、トランプ大統領は世論の批判の矢面に立たされることは必至であり、政府閉鎖につながる「壁」建設費にトランプ大統領が引き続き固執するのか注目される。
リスク2: 連邦政府の法定債務上限引き上げ問題
政府閉鎖のリスクとともに、2つ目のリスクは連邦政府の債務上限引き上げ問題である。9月末までに債務上限引き上げ法案を成立できない場合、米国政府は国債の利払いや新たな借り入れが困難となり、債務不履行に陥る。大手格付け企業は債務上限の引き上げが行われない場合、米国債の格付けの引き下げを行う方針を既に明らかにしている。共和党の財政保守派議員は債務上限引き上げの見返りとして歳出削減を要求しており、条件なしでの債務上限引き上げを訴えているスティーブン・ムニューシン財務長官や議会共和党指導部と調整が図られるか注目される。また、最近、トランプ大統領は議会共和党指導部の債務上限引き上げ問題への対応を批判しており、こうした共和党内の対立も懸念材料となっている。
新たな予算案等が成立しない場合の政府閉鎖のリスク、債務上限の引き上げ問題に伴う債務不履行のリスクが9月末にそれぞれ重要な局面を迎える。そのため、議会共和党指導部は野党・民主党に協力を要請し、「つなぎ予算案」と連邦政府債務上限の引き上げ法案の一本化を図り、政府閉鎖と債務不履行を同時に回避する方策についても検討している。共和党がホワイトハウス、上下両院すべてを支配する中、政府閉鎖や債務不履行に陥った場合、共和党の「統治能力(ガバナンス)」が問われかねない。
以上
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