北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉
2018年01月22日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
浅野 貴昭
はじめに
北米自由貿易協定(NAFTA)の6回目の再交渉会議が、カナダのモントリオールで開催されており、その交渉の争点と展望、そして米国のNAFTA離脱のシナリオについて【資料1】に沿って解説したい。なお、米国では、暫定予算をめぐる与野党合意が成らず、1月20日には連邦政府の閉鎖という事態に陥ったが、米通商代表部は、予定通り、交渉団をカナダに派遣し、交渉会合に参加した。
1.第6回交渉会合
2017年8月からNAFTAの再交渉が始まっており、交渉を2018年3月までに妥結させることを目指している。グアハルド・メキシコ経済相によれば、30章のうち、10章については合意に達しているとのことだが、米国が、自らの提案項目を強硬に主張し続ける限り、交渉の妥結は無理だと思われる。その際、トランプ大統領が決断すれば、米国はNAFTAからの脱退手続きを進めることが可能で、事前に連邦議会の承認を得る必要もない。しかし、離脱によって、協定内容のすべてが、即時に失効するわけでもない点は留意しておくべきである。
交渉の争点の中で、特に問題視されている米国の主張として、原産地規則、紛争解決、そして失効規定の3つを挙げることができる。
1)原産地規則(自動車):
自動車に関して、米国は、域内原産比率の引き上げに加え、米国製部品の使用率50%という新たな基準の導入を主張している。カナダ、メキシコからすれば、域内原産比率の引き上げはともかく、米国製部品だけを優遇するような新基準には同意し難い。
2)紛争解決:
アンチダンピング等に関わる紛争解決制度(国家対国家)を廃止し、投資家対国家の紛争解決手続き(ISDS)については紛争当事国が選択する場合のみ適用するよう提唱している。これによって、投資をめぐる係争は、実質的に紛争当時国の法廷に判断が委ねられる可能性が高まる。
3)失効規定:
さらに米国は、5年ごとに協定を見直し、合意できない時は協定を破棄する、という規定を盛り込むよう主張しているが、カナダとメキシコは、協定の予測可能性を著しく損なうような規定の導入には強く反発している。
こうした主張を、米国が強硬に貫こうとする限り、交渉の妥結は見込めない。トランプ大統領は、最近の新聞インタビューにおいて、柔軟性をもってNAFTA交渉に臨むことも示唆しているものの、別のインタビューでは、離脱こそがベストの選択だ、との発言もある。米国の離脱を交渉カードとして、ちらつかせることで、改定交渉を有利に運べるとの目算があるようにもとれるが、その真意は明らかではない。
カナダ、メキシコ両国ともに、24年前に発効したNAFTAの内容を、時代に即したものへと更新することには賛成しているが、米国の貿易赤字削減のために管理貿易に実質的に肩入れするようなことや、NAFTAが培ってきた国際競争力を損ねるような提案には合意できない、との姿勢だ。このNAFTA再交渉の行方は、カナダとメキシコが加わっているTPP11の展望にも影響を及ぼしかねない。
2.NAFTA離脱と米大統領権限
トランプ政権は、当初の主張を譲っても交渉妥結を優先するか、3月以降も交渉を継続するか、或いはNAFTAから離脱するか、を決定することになる。もし交渉妥結の見通しが立たず、NAFTA離脱を図るのであれば、その旨を他締結国に文書で通知することで、6か月後には協定から離脱できる。
国際協定上は、それで手続きは済むものの、アメリカの国内法上はもう少し複雑になっており、NAFTAからの離脱とともに失効する規定もあれば、離脱に関わらず効力が残る規定も存在すると指摘されている。また、協定離脱後もNAFTA税率が1年間は維持される、との規定もあり、その後は関税が上がり、WTOの最恵国待遇(MFN)税率に戻る、という予測が一般的である。いずれにせよ、このような方法で米国が通商協定から離脱した前例がないだけに、NAFTA離脱の具体的な影響を推測することはとても困難である。現実には、政府・議会間の対話や、企業や投資家からの訴訟などを積み重ねていく中で、徐々にポストNAFTAの世界が形作られていくはずである。
以上
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