英国のEU離脱:現状と見通し
ホット・トピックス
2018年10月30日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
石野 なつみ
英国のEU離脱の現状と見通しについて整理する。
1.EU離脱交渉:これまでと今後のスケジュール
図表①に、これまでと今後のスケジュールについて示した通り、2016年6月23日の国民投票で、英国はEUからの離脱を決定した。2016年7月にはメイ新政権が誕生し、順調に離脱プロセスが開始されると思いきや、英国の迷走が始まった。
2017年3月29日にEU法第50条が発動され、2年後の2019年3月末の離脱が決定したが、その後、メイ首相が突然決定した解散総選挙で保守党は過半数割れとなり惨敗。北アイルランド地方政党の民主統一党(DUP)から政権信任、予算、EU離脱法案に限り協力を得るというConfidence and Supply協定で辛うじて政権を維持することができたが、この関係がBrexit交渉の障害となっている。同年12月にはEUと離脱条件で大筋合意をしたが、この時点でアイルランド島の国境問題を先送りしたのも、DUPに配慮したためである。
2018年6月EU(離脱)法の成立により、合意内容について2019年1月21日までに英国下院の承認を得ることが義務付けられた。7月にメイ首相がモノだけにEU共通ルールを適用し、サービスは除外するというChequers案を発表。モノを特別扱いする理由は、北アイルランドとアイルランド共和国間の国境をないものにするためである。Chequers案はメイ首相が押し切って承認されたが、閣僚・保守党内でも反発の声が高く、複数の閣僚が辞任する結果となった。
9月の非公式EUサミット、10月のEUサミットでも、国境問題の解決案で歩み寄りも進展もなく、現在は合意のない離脱の可能性が高くなっている状況である。2018年中の合意が期待されているが、たとえ合意したとしても、2019年1月21日までに英国下院で承認されなければ、同年3月29日、合意のないままでの離脱が決定する。一方、EU側では、2019年3月末以降、英国はいないものとして、2019年5月の欧州議会選挙キャンペーン、2021年から適用されるEU予算の協議をすでに開始している状況である。
2.最大の難関:アイルランド島の国境問題
図表②では、最大の難関、アイルランド島の国境問題について、EU側と英国側の国境に関する見解を比較している。
EU側は、守るべきはベルファスト合意で、北アイルランドだけをEU単一市場・関税同盟に残留させる案を提示。これは、英国本土とアイルランド島の間にあるアイリッシュ海に国境ができることを意味する。
それを許さないのが、北アイルランド地方政党DUPである。北アイルランドは英国の一部と考えるDUPは、アイリッシュ海の国境は英国を分断するという見解で、そのため、メイ首相は英国全体のEU単一市場・関税同盟離脱を主張。条件は、北アイルランドとアイルランド共和国の間の関税チェックポイントを簡便にするという主張で譲らない。最近、EU側がある程度の譲歩を示唆してはいるが、EU27か国全ての合意が必要なため、現在も不透明な状況が続いている。
3.今後の見通し
次に、図表③に示した通り、不透明な見通しと合意なき離脱の可能性を解説する。
離脱の撤回について、2018年初頭まではEU首脳から離脱撤回を政治的判断で受け入れるとの発言が相次いでいたが、現在その声は聞こえてこない。また英国では、離脱撤回は、与党内の強硬離脱派の反乱を引き起こすため、メイ首相は離脱撤回ができない状況である。
国民投票の再実施については、"EU離脱の是非を問う"国民投票ではなく、"合意内容を受け入れるかどうか"に関する国民投票の実施を主張する運動が高まっている。メイ首相は、2度目の国民投票の実施は完全に否定しながらも、国民投票の趣旨に関しては、曖昧な態度を取っている。
移行期間の延長は、EU側もメイ首相も示唆しているが、英国保守党内の強硬離脱派の反対で難しい状況である。移行期間延長分のEU拠出金や、欧州議会に英国選出議員がいない中で制定されるEU政策の順守がネックになるであろう。また、どちらかが譲歩しない限り、アイルランド島の国境問題が解決する保証もない。
メイ政権に関しては、強硬離脱派がメイ首相不信任案提出の準備をほぼ完了し、あとは提出だけという段階まできている。また、Confidence and Supply協定を結んでいるDUPも、アイリッシュ海に国境の概念が復活した場合、10月29日に発表された2019年予算案を否決すると既に表明。この場合は、なし崩し的にメイ政権が崩壊し、解散総選挙が行われる公算が高い状況である。
最後に、合意なき離脱に関して、もし合意に至らず2019年3月29日を迎えた場合、移行期間もない「ハード・Brexit」になる。EU側とメイ政権側はそれを回避すべく交渉を重ねているが、合意なき離脱は国家主権の完全回復を意味するとしてむしろ容認し、メイ首相のChequers案に反対する強硬離脱派保守党議員がいることも確かだ。
国民投票で離脱が決定してから2年以上たっても、交渉が頓挫している。メイ首相は、離脱協定は95%完了としているが、残り5%、つまり国境問題解決案に関してどちらかが譲歩しない限り、合意のない離脱を迎える可能性が高いと思われる。
以上
記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。
レポート・コラム
SCGRランキング
- 2024年12月13日(金)
日経CNBC『World Watch』に当社シニアアナリスト 石井 順也が出演しました。 - 2024年12月10日(火)
金融ファクシミリ新聞・GM版に、当社シニアエコノミスト 片白 恵理子が寄稿しました。 - 2024年12月6日(金)
外務省発行『外交』Vol.88に、米州住友商事会社ワシントン事務所長 吉村 亮太が寄稿しました。 - 2024年12月3日(火)
『日本経済新聞(夕刊)』に、米州住友商事会社ワシントン事務所長 吉村 亮太が寄稿しました。 - 2024年11月28日(木)
ラジオNIKKEI第1『マーケットプレス』に、当社チーフエコノミスト 本間 隆行が出演しました。