サウジ・ビジョン2030の発表と内閣改造・省庁再編
2016年05月16日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司
はじめに
サウジアラビア政府が発表した国家計画「サウジ・ビジョン2030」と、その約2週間後に行われた省庁再編及び主要閣僚人事について、その評価と共に解説する。
1. 「サウジ・ビジョン2030」の発表
「サウジ・ビジョン2030」は、4月末、今世界中から大きな注目を浴びているムハンマド・ビン・サルマン副皇太子によって、大勢の記者を集めて大々的に発表された。また、同じタイミングで彼の初めてのテレビインタビューが、サウジ政府が出資するテレビ局アル・アラビーヤで1時間にわたり放映されたこともあり、大きな話題となった。このビジョン2030は、サウジが現在のような石油依存型経済から脱却し、変動する原油価格にも国家経済が大きく左右されない国を、2030年までに築いていくための指針となる計画で、「2030年までに平均寿命を80歳まで上げる」、「失業率を7%まで下げる」など、多くの具体的な目標が示されている。
【図表1】「サウジ・ビジョン2030」実現のためのプログラム等、主な内容
このビジョン2030を実現するための第一歩として、ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子が大々的に発表したのが、【図表1】-1.にあるサウジアラムコの一部株式売却と【図表1】-2.の世界最大の政府系投資ファンドの設立である。サウジアラムコは言わずと知れた原油生産量・埋蔵量・輸出量が世界最大の石油会社であり、時価総額にして2兆ドルを超える価値があるとされるサウジの国営企業である。副皇太子は、このアラムコの5%以下の株式や、今後民営化する予定のアラムコ関連会社の株式をサウジの株式市場に上場して売却する計画を発表した。同時に、活用されていない国有地の売却や、空港・病院等の各種公共サービスを民営化し、これらに関しても株式を上場することを計画している。
そして、アラムコやその他民営化した国営企業をPIFという政府系投資ファンドに移管し、保有資産2兆ドル規模となる世界最大の投資ファンドの設立を計画している。2兆ドル規模と言うのは、Apple、Microsoft、Alphabet(Googleの親会社)等を全て購入できる資産規模である。このファンドを使って投資益を生みだし、サウジを石油依存型国家から莫大なファンドの投資によって利益を生み出す国家へと変貌させる青写真を描いている。
ビジョン2030には、その他にも、長期滞在者や外国人就労者のためにアメリカのグリーンカードのようなビザシステムを採用する計画や、石油・ガス以外の鉱物資源の採掘促進、またサウジは今や世界で1、2を争う武器輸入国となっているが、現在2%に満たない武器の国内調達率を50%まで引き上げる計画も立てている。その他、ビジョン2030のメインテーマである民間企業の役割拡大、そして女性の更なる労働参加、新たな雇用の創出に加え、これまであまり力を入れてこなかった同国観光部門の増強や文化娯楽の充実等の目標も含まれる。
2. 内閣改造・省庁再編
このビジョン2030が発表された2週間後に、省庁の再編や閣僚人事等が発表された。主な目的はビジョン2030を実行していくための準備とされているが、この中で最も注目を浴びたのが、石油鉱物資源省がエネルギー・工業鉱物資源省と名前を変え、ナイミ石油相が突然解任されたことである。石油依存からの脱却を目指すムハンマド・ビン・サルマン副皇太子が、「石油」という文言を「エネルギー」と置き換えたことは、同じ流れの中で理解できる。また、新しく就任したファリハ新大臣は、これまでの石油政策を踏襲する旨を発表しており、サウジの石油政策が急変することは無いと考えられている。しかし、増産凍結のために集まった4月のドーハ会合で合意を直前でぶち壊したとされるムハンマド・ビン・サルマン副皇太子の影響が、同国の石油政策に今後強く出てくるはずであり、その点からもナイミ前大臣のように、ある程度自身の裁量で石油政策を決めることはファリハ新大臣にはできないのではないかと言われている。
【図表2】省庁再編と主要閣僚人事
3. 「サウジ・ビジョン2030」に対する現時点での評価
ビジョン2030に対する現時点での評価は、国の目指す方向性は前向きに評価されているものの、本当に実現できるのかどうかが課題とされている。ビジョン2030の実現に否定的な意見が、現在のサウジ体制の継続を望む既得権益者に多くあり、数多くの国営企業の民営化によって、これまで真面目に働かなくても高額の給料を受け取ることのできた王族や公務員からの反発も予想される。また、多数の民間企業との競争激化を嫌うビジネス関係者、女性の権利拡大や観光・娯楽の拡大でこれまで以上に多くの外国人が同国に入ってくることに関し、保守的な宗教界が懸念を示すだろう。これらの反発をうまくかわすことができるかどうかが鍵となる。
さらに、民営化や効率化を求める経済改革の中で補助金の削減や新たな税金の導入が求められるが、これまで「ゆりかごから墓場まで」手厚い政府の福利を得られる代わりに国家に忠誠を誓うという社会契約の下で生活してきたサウジ国民が、インフレや生活水準の悪化に苦しみ、これまでのような福利を得られなくなっても、果たして国王や王家に従順でいられるのか。ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子はインタビューで、「最初は苦しいかもしれないが、順調に発展が進めば国民の理解も進む」と言っているが、発展が順調に進まなかった時には社会不安に繋がる可能性が懸念されている。
【図表3】ビジョンの実現に否定的な意見
以上
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