サウジ国家変革計画(National Transformation Program 2020)と副皇太子の訪米
ホット・トピックス
2016年07月04日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司
1. National Transformation Program 2020
サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン副皇太子によって発表された「サウジ・ビジョン2030」が世界中のメディアで大きく注目されたのは2016年4月末であった(16年5月16日付関係記事参照)。ビジョン2030には、その実現をサポートすべく別途13のプログラムが策定される予定であるが、2016年6月6日にサウジの閣議で承認されたのが、その内の一つ「National Transformation Program 2020(国家変革計画。以下"NTP 2020"と略す)」である。名前からも分かる通り、現在から2020年までの5年間で様々な分野での国の達成目標を明示した5か年計画である。省庁を含む24の政府機関に対して、合わせて178の戦略目標が設定されており、それぞれの達成度を測定するために371の指標が明示されている。
NTP 2020 の注目点はいくつかあるが、まずはサウジにおける民間部門の役割拡大に関する目標に注目する。45万人分の民間雇用を創出し、それと対照的に公務員給与に割り当てられる国家予算、歳出の45%を40%に削減するという目標を打ち立てた。これを実現すると、金額にして実質64億ドルの公務員給与の削減になる。また現在の石油依存型経済から脱却すべく、非石油部門輸出を現在の1.8倍に増やし、非石油部門からの収入を現在の3.8倍に増やすという目標も掲げている。ただ、既に2016年も半ばに差し掛かり期限まで残り4年半という中で、増やす非石油部門の輸出とは何なのか、どのようにして非石油収入を4倍近くまで上げていくのか等、具体的な方策が見えてこないまま目標だけが次々と掲げられている印象がある。
【図表1】National Transformation Program 2020の主要点
2. 補助金削減
補助金削減に関しては、既に実行に移され始めている。2015年末には政府からの燃料補助金削減の影響により、ガソリン代が50%以上値上げされ、2016年早々には水や電気等公共料金に関しても値上げが断行された。ガソリンの値上げに関しては、元々ガソリン代が安いのと、GCC諸国のほとんどで同時期に値上げが実施されたためか、それほど大きな混乱は起きなかった。しかし、公共料金の値上げに関しては、これまで水料金はほぼタダ同然だったのに、突然月2万円を超える高額請求書を受け取った国民から大きな反発が起き、一般国民から水・電気省へのクレームが止まらず、この不手際の責任を取らされて水・電気大臣が辞任するに至った(その後の省庁再編で水・電気省は解体された)。今後、さらなる補助金の削減と新たな税金の導入が、国民にどのように受け止められるのか注目される。
3. 外国人労働者への課税
また、外国人労働者に対する所得税の導入に関しても、NTP 2020の発表以来物議を醸している。サウジは、人口約3,000万人の3分の1が外国人とされており、課税により影響を受ける人は多い。課税肯定派は、国家の非石油収入を増やすためにも外国人への課税は重要であると主張するが、ただ単に税金を掛けるだけでなく、その分外国人のサウジ国内での滞在条件の緩和など別の面での優遇措置等があれば、外国人も税金の支払いを受け入れやすいと考える。また、現時点ではサウジ国民への所得税徴収は議論されていないが、税収は安定的国家収入として重要なので、将来的には国民からも徴収すべきと考える人もいる。課税否定派は、ビジョン2030の目指す今後の経済改革で海外からの直接投資を増やそうという目標を掲げているのに、サウジに滞在する外国人に新たな税金導入の発表をすると投資の流入を妨げてしまうのではないかと危惧する。また、税金の導入は、付加価値税(VAT)と同様、周辺のGCC諸国と歩調を合わせて実施しないと、他のGCC諸国に比べてサウジの労働先としての相対的な魅力が下がってしまうと懸念する人もいる。
サウジでは、これまでに何度も石油依存の脱却を目指す政策が掲げられながらも実行に移されず忘れ去られてきたが、今回も具体的な方策がなかなか見えてこない中、人々の目を引く数値目標だけが独り歩きしている。ビジョン2030やNTP 2020には、耳当たりの良い目標が並ぶが、果たしてどこまで実現することができるのか。歴史は繰り返すように、また原油価格が高値に移行して緊縮財政の必要が無くなれば、この経済改革もまた忘れ去られてしまうのか。
4. 副皇太子訪米
【図表2】副皇太子訪米時の訪問先
NTP 2020の発表から1週間後の6月13日から、ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子は2週間にわたってアメリカ3都市を訪問した。首都ワシントンDCでは、オバマ大統領、ケリー国務長官、カーター国防長官、ライアン下院議長など国のトップと次々に会談。ダウ・ケミカルに対して、初めて外資100%でサウジに参入する投資ライセンスを与えた。その後副皇太子はカリフォルニア、ニューヨークを訪問。テーマパーク運営企業であるシックス・フラッグズとサウジにテーマパークを誘致する計画について話し合い、IT企業であるマイクロソフトやシスコシステムズとはサウジ国内のデジタルインフラ開発支援や技術移転に関する覚書に署名した。また、フェイスブック、ツイッター、アップル等のCEOと技術協力について会談、3M(スリーエム)に対しても外資100%でサウジに参入する投資ライセンスを与えた。3Mは、中東アフリカ地域で同社最大の製造工場を、サウジ東部のダンマームに建設中であることを明らかにしている。デジタルインフラの開発、エンターテインメントの拡大、海外からの直接投資拡大、これら全てがビジョン2030に明記されている国家目標と合致する。今回の副皇太子の訪米の目的は、ビジョン2030の宣伝と同計画への米国政府及び企業からの協力を取り付けることだったとされているが、巨大企業からの様々な約束を副皇太子自ら取り付けたことで、「ビジョン2030の方向性がより明確になった」とサウジ国内での評判は上々のようである。
サウジ経済が本当に石油依存から脱却できるのかどうか、経済改革を主導する副皇太子の本気度が試される。
【図表3】副皇太子訪米時のIT関連面談相手
記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。
レポート・コラム
SCGRランキング
- 2024年12月13日(金)
日経CNBC『World Watch』に当社シニアアナリスト 石井 順也が出演しました。 - 2024年12月10日(火)
金融ファクシミリ新聞・GM版に、当社シニアエコノミスト 片白 恵理子が寄稿しました。 - 2024年12月6日(金)
外務省発行『外交』Vol.88に、米州住友商事会社ワシントン事務所長 吉村 亮太が寄稿しました。 - 2024年12月3日(火)
『日本経済新聞(夕刊)』に、米州住友商事会社ワシントン事務所長 吉村 亮太が寄稿しました。 - 2024年11月28日(木)
ラジオNIKKEI第1『マーケットプレス』に、当社チーフエコノミスト 本間 隆行が出演しました。